Q.タイトルの由来について教えてください。
A.二郎は、小山田二郎という画家の名前。
クレーは、言うまでもなくパウル・クレーですね。二人とも大好きな画家です。
最近、小山田二郎が気になって気になって仕方なくて。図書館で何回も画集借りたり、去年は日本橋まで展覧会を観に行ったりもした。
で、ヘルペスっていうのは今患っている顔面神経麻痺のことね。
Q.かなり描き込んだ形跡がありますが、制作にはどれくらい時間を要したのでしょうか?
A.トータルで1週間くらいかかったかな。
もともとは未完成のまま長年放っておいた絵なんだけど。最近、ちょっと思い立ってね。
コロナやらなんやらで外出できないのを逆手にとって、押入れの奥から取り出して、再着手してみたのよ。
そしたら自分でもどんどん面白くなっちゃって。ストーブの温風で絵の具を乾かして、乾いたらまた塗って。最後は2日間徹夜して一気に仕上げた。
なんかもう、この絵は永遠に描き続けられそうな感じもあって。
Q.完成した時、どんな気分でしたか?
A.達成感というのとは全然違うんだけど、今まで味わったことのない感じがあったんですよね。
万年床の横に置いてボーッと見てると、「これは入口なのか、出口なのか」っていう、妙な感じ。
そもそもテーマも何もなく描いているもんだから、自分ではうまく説明できないんだけど。
何かしら良い気分ではあったんだよな。
「はて、ここからどこへ行けるんだろう」っていうね。
Q.絵柄の由来について教えてください。
A.いわゆる「雪霊伝説」がモチーフなんだけど。
もっと具体的にいうと、真冬にね、角巻きをかぶって連れ立って道を歩いてる老婆たちのイメージだね。
婦人会の寄り合いに出かけた、育ての親のお祖母ちゃんを猛吹雪のなか迎えに行った時の思い出。
道の向こうからいきなり老婆たちが出て来たもんだから、ビックリしちゃって。
いや、幼心にも実に強烈な光景でしたよ。
Q.タイトルも秋田に関係してますね。
A.そうそう、生家のすぐそばを通っている国道7号から拝借、というかそのものズバリ。
私が幼い頃は未舗装だったし、牛馬のフンだらけだった。冬は地吹雪でホワイトアウト状態になるのよ。
Q.画肌に独特の質感がありますが、特殊な画材によるものですか?
A.艶消しメジウムを使ってるんです。
これも20年以上前に途中まで描いたままお蔵入りになってた絵で。
その頃は蝋画っぽいのもよく描いてたし、メジウムも久々にやってみたらなかなか面白くてね。
Q.「オイチョ」とは、もちろん「オイチョカブ」のことですよね?
A.むかし、土方やってたころね、飯場での数少ない楽しみが花札とかオイチョカブだったの。
雨降ると他にやることないんだもん。
Q.描いている時の楽しさが伝わってくるような作品ですね。
A.絵を描くのが楽しいのは、偶然が思わぬ産物を生むから。
ひたすら大物狙いの漁師、みたいなもんで。釣り糸を垂れてみないと、どうなるかわからないのがいいの。
Q.人物の肌の淡い色味が凄く良いですね。
A.何も考えずにやってるから、偶然なんだけどね。
これは自分でも「なかなかヒットだな」と思うけど。
あくまで、出たとこ勝負の面白さ、なのよ。
Q.ウサギの絵は過去に何百枚と描いてますよね。
A.なんかスーッとね、描いちゃうんですよ。
描き飽きない、ということでは決してないんだけど。
表情とか色彩を変えながら延々と遊んでる、という感じですね。
Q.ウサギの輪郭線には墨を使ってますね。
A.そうそう、一筆書きみたいな。かすれてるところとか、そのまま活かしてね。
まあ、これも偶然の産物ですよ。
Q.この絵柄は『海静か、魂は病み』(1981)のジャケ画に似てますね。
A.これまた、その頃に描いたエンピツの下絵をたまたま見つけてさ。
80年代のはじめ、本格的に絵を描き始めた頃に、こういうカタチの人物画をよく描いてたのよ。
ちょっと懐かしいよね。
Q.背景の青と人物の赤のコントラストが強烈です。
A.何度も色を塗り足したんですよ。絵の具もそうだけど、水もガブガブ使って描いたの。
Q.乾かすのが大変そうですね。
A.そうなのよ。タワシでゴシゴシこすったりもするもんだから、画用紙がクタクタになっちゃって。
だけど、妙に面白い質感になりましたね。
Q.これが以前よく制作していたという蝋(ろう)画ですね。
A.肉感的で、生々しいでしょ。
蝋画はメチャクチャ面白いんだけど、作業に時間がかかるし、結構疲れるのよ。
一時ハマり過ぎちゃって、ちょっと神経が危なくなったこともあってさ。
油彩画で使うナイフをガスコンロで焼いて、それでロウソクを溶かして、画用紙に貼り付けていくの。
絵でする彫刻、といったらアレだけど、そんな感じ。
Q.観る角度や光の加減で雰囲気が大きく変わりますね。
A.そうなの。
部屋を暗くして、画用紙の裏からライトの光を当ててみても面白いんですよ。
ボワーッとね、ナマっぽさが浮き出てくるの。
だから、そういう仕掛けの額を特注で作れないかな、と思ったこともあったんだけど、ちょっと難しかったんだな。
絵より額が高くなるもツライしね。
Q.ウサギの顔が見切れているところに躍動感を感じます。
A.うまく画用紙に収めようとしてるわけではないから。
私、構図とかそういうのは、実は全然気にしてないんですよ。
Q.小さい頃に野ウサギを飼ってみたことがあるとか。
A.どうやって捕まえたのか、憶えてないんだけどね。
野生のウサギは凄いよ。
全く懐かないし、人間の与えた草とか一切食わないの。
とにかく木箱の中で暴れまくってさ、次の日見たらもう死んでた。
たぶん自殺だと思うよ、「憤死」っていうかさ。
捕まったのがよほど頭にきたんだべな。
Q.どこの海をイメージしたのでしょうか?
A.秋田の男鹿半島のあたりの夕景だね、真冬の。
なんか妙にモノモノしい感じがするでしょう?
Q.何か男鹿にまつわる思い出などはありますか?
A.昔、TV番組の撮影で男鹿に行って、ハタハタの生態を取材したことがあって。
私がリポーター役だったんだけど、黒い海に雪が轟々と降ってて、その時の印象が忘れられなくて。
Q.中央部の岩礁の黒と夕陽のコントラストが強烈ですね。
A.実際、取材の時は凄かったんですよ。
暴風で、暗くて、もう呑み込まれそうな感じでさ。
だけど、海に降る雪って、なんか良いもんでしたね。
Q.伊豆大島へは写生旅行に行ったことがあるそうですね。
A.個展に出す絵を描こうと思ってね。
色んな画材をカバンに詰めて、船に乗って出かけたの。
Q.どれくらい滞在したのですか?
A.一人っきりで、民宿に一週間くらい居たのかな。
あっちこっちの島とか、神社とか、元町港の風景なんかをスケッチして。
夜に部屋で酒呑みながら絵の具を塗ったりしてさ。
Q.大島では何枚くらい描いたのですか?
A.20〜30枚くらいは描きましたよ。
あのねえ、私、描くのが速いのよ。
もともと専門的な技術もないし、スケッチもすぐ終わるの。
それで、時間を持て余してね。
漁港の横にあるパチンコ屋に入ったら、これが全然出ないのよ。
頭にきて、あたら金を溶かしちゃってさ。
しょうがないから東京の知人に電話して送金してもらって、それで宿賃を払ったんだよ。
Q.この絵も、その時に手がけた一枚なんですね。
A.そう。押入れの中から見つけた時、嬉しくてさ。
また新たに手を加えてね、こんな感じになったのよ。
Q.当時、個展の反響はどうでしたか?
A.結構売れたんだけど、ちょっとビックリすることがあってね。
これとは別の船の絵を展示してたんだけど、たまたま個展を観に来たお客さんが、モデルにした漁船の持ち主の娘さんだったのよ。
「なんとか丸」っていう、船の名前も描いてたからね、「もしやこれは!?」って言って。
娘さんも興奮しちゃってさ、すぐにお父さんに電話して、その絵を買ってくれたの。
いや、不思議も不思議、奇縁も奇縁なんだけど、私、そういうの結構多いもんですから。
Q.墨の滲み方と、絵肌の質感が独特ですね。
A.青墨(せいぼく)という墨ですね。
知人からもらった中国の墨なんだけど、私は磨らないでそのまま使うの。
画用紙を水で濡らして、その上に直接、クレヨンみたいな感じで。
滲み方はコントロールできないんだけど、そこが面白いんだな。
Q.このキャラクターは……獏(ばく)ってヤツですか?
A.これがねえ、私にもわからないの(笑)。
ブタでもないし、もちろんウサギでもないし。
やっぱり昔描いた下絵に色を足していったんだけど、もともと何を描こうとしてたのか、全然記憶になくて。
なんなんだろうね、一体。
Q.現物を観て、背景の青のニュアンスが印象に残りました。
A.これも狙ったわけじゃないんだけどね。
何度も言ってるけど、やってみないと、どうなるかわからない。
そこが楽しくて、飽きないんだよな、絵は。
Q.月と生物の肌の色味も幻想的ですね。
A.まあね。その辺りも含めて「出鱈目な絵」というカテゴリーでひとつ。
宜しくどうぞ、ということで。
Q.モチーフは、かつて欧州公演で訪れたフランスのブルゴーニュ地方の風景ですね。
A.そうそう。15年ほど前かな、ツアーで歌いに行った時に見ていた風景。マネージャーの大関くんが撮っておいてくれた写真を見ながら、私なりに描き起こしてみたというかね。もちろん写真の通りには描けませんけども。
Q.空と川の清冽な青が、まず眼に飛び込んできますね。
A.まあね。別にそこまで狙って描いたわけじゃないんだけど。私の中に残っていた印象というか、雰囲気であって。
Q.ブルーゴーニュの思い出を教えてください。
A.コーヒーとパンが美味しくて、ワインも昼からいっぱいご馳走になりました。そういう習慣なんだろうね、昼飯のときにワインをガブ飲みしてさ。ライブの日はちょうどハロウィンだったみたいで、子供たちがめんこい仮装をして道端にいてね。それで、「ボンジュール!」って元気よく声かけたら、みんな一斉に逃げて行っちゃって。いやいや私、なまはげじゃないんだから。